【第2回】ベトナムが赤字財政でも巨額インフラ投資に走る「国家の賭け」

ベトナム株戦略

ベトナム株投資家の皆様、こんにちは!

第1回「改革か、自滅か?ベトナム政府の「法改正ラッシュ」が招いた経済麻痺」では、急激な制度改正により、苦しむ現場の状況をお伝えしました。

しかし最近、ベトナム企業の決算発表を見ていると、「違和感」を覚えませんか?

「銀行は過去最高益」「鉄鋼大手もV字回復」「不動産も意外と利益が出ている」

民間企業は今、非常に力強いパフォーマンスを見せているのです。

「民間がこれだけ稼いでいるなら、ベトナム経済は安泰じゃないか」

「これに政府の公共投資が加われば、もう盤石だ!!」

そう思うのが普通です。 しかし、政府の動きはその「安心感」とは真逆です。

「財政赤字を拡大させ、国の借金を激増させてでも、過去最大級のインフラ投資を断行する」

まるで何かに追い立てられるように、なりふり構わずアクセルを踏み込んでいます。

なぜ、順調な民間経済があるのに、国はそこまでリスクを取るのか?

今回は、一見順調に見えるベトナム経済の裏で進行している、国家の存亡をかけた巨大な挑戦について解説します。

レタントン
レタントン

現在の民間企業の好調が、さらに「異次元の成長」につながるか!?

ここが投資の分かれ目です。

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「好調」だけでは足りない。FDIと中進国の罠

政府は2026年以降、「年率10%」に近い経済成長を目指しています。異常なほど高い目標です。

なぜ、現在の6〜7%成長だけでは満足できないのでしょうか?

民間企業の成長率限界

今の民間企業は優秀です。放っておいても年率6〜7%程度の成長は達成できると見込まれています。

しかし、これでは「2045年の先進国入り」には届きません。

目標の10%に対し、民間の実力は7%

この「足りない3%」を埋めるには、「政府自らが借金をして巨額のインフラ工事を発注し、GDPを物理的にカサ上げする(=ドーピング)」しか方法がないのです。

安い労働力だけでは「外資(FDI)」は来なくなる

さらに深刻なのが、外資(FDI)の目線です。

サムスンやFoxconnのようなハイテク企業が求めているのは、もはや「安い人件費」ではなく「質の高いインフラ」です。

2023年の北部大停電は、政府にとってトラウマになりました。

再生エネルギー設備は過剰にあるにもかかわらず、送電網が弱いために電力不足に(2023年Vietnam Net記事)

「電気すらまともに供給できない国に、最新工場は作れない」と見限られれば、FDIはインドへ逃げ、ベトナムは「ただ組み立てるだけの国」で終わります。 これが、政府が最も恐れる「中進国の罠」です。

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データが示す「危険な兆候」

「借金をしてでもインフラを最強にする」

やるべきことは明確です。しかし、ここには致命的な問題があります。

「その工事費を払うお金が、国庫にない」 ということです。

ベトナム政府の「金庫の現実」

Shinhan証券のデータによると、直近5年間(2021-2025年)の国家財政は以下の通りです。

  • 収入(歳入): 9,600兆ドン
  • 支出(歳出): 10,900兆ドン
  • 結果: 1,300兆ドンの赤字

民間企業は好決算で黒字ですが、国(政府)は構造的な赤字です。

図:増え続ける財政赤字 ※Shinhan銀行レポートをもとにNanoBananaで生成

上記はShinhan銀行のレポートをグラフ化したものです。

土地市場の停滞で地方の「土地収入」が減る一方、公務員給与アップ(固定費増)などで支出は止まりません。

2030年までの計画だけで、財政が悪化していくのがわかると思います。

本来なら「節約」すべき局面ですが、節約すれば「10%成長」の夢は消えます。

政府が選んだ「シナリオA」

しかしながら、ベトナム政府は、教科書通りの「緊縮財政」ではなく、

「赤字でもいい。さらに借金をしてでも、勝負に出る」

という決断をしました。

  • シナリオA(政府の狙い): 巨額借金でインフラを作る → 経済が年10%で成長する → 分母(GDP)が大きくなるので、借金比率は下がる → 「勝ち」
  • シナリオB(失敗): 借金したのにインフラが遅れる → 成長できず通貨暴落 → 「負け(国の危機)」

今のベトナムは、この「シナリオA」に全てを賭けている状態です。

レタントン
レタントン

「失敗すれば危ない。だからこそ、死に物狂いでインフラを完成させようとしている」というわけですね。後戻りできない賭けです。

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迫りくる「2重の締め切り」。2036年と2039年

なぜそこまで焦るのか?

実は、インフラ不足以上に抗えない「人口構造のタイムリミット」が迫っているからです。

「黄金時代」はあと10年

ベトナムには、避けて通れない2つの決定的な締め切りがあります。

  1. 2036年「高齢社会」突入: 65歳以上が14%を超え、正式に「老人国」になります。
  2. 2039年「人口ボーナス終了」: 労働力人口のボーナス期(黄金期)が終了します。

「富む前に老いる」恐怖

つまり、若さと労働力を武器に無理ができる期間は、実質的に「あと約10年」しかありません。

もしこの間に先進国になれなければ、国は貧しいまま、年金や医療費の負担だけが重くなる

「未富先老(富む前に老いる)」

という最悪のシナリオに陥ります。

高齢社会を迎えるときの日本との比較(NanoBananaで生成)

政府がなりふり構わず借金をしてアクセルを踏むのは、この「待ったなしのカウントダウン」が聞こえているからなのです。

レタントン
レタントン

日本は1996年に高齢化率が14%になりましたが、

それまでの蓄えでこれまで何とかなってました。

「安全圏」を食いつぶす賭け。借金比率はどうなる?

「赤字で借金拡大なんて、国が破綻しませんか?」 「ベトナムにそんな高度な財政運営できるの?」と考えられるかもしれません。

しかし、プロ(証券会社等)の見立ては「ギリギリいける」です。

その根拠は、「まだ借金の枠(カードの限度額)が残っているから」です。

34% → 45%への悪化

現在、ベトナムの公的債務対GDP比は約34%と低水準です。

政府はこの「安全マージン(貯金)」をここからの数年で使い切り2030年には借金比率を「45%」まで引き上げる計画です。

  • 今の34%: 嵐の前の静けさ。まだ大丈夫。
  • これからの45%: 安全マージンを捨てて、リスクを取りに行く領域。
  • (参考)60%: ベトナム政府が決めた法的な上限。

政府は「今ある貯金を担保に入れてでも、インフラという資産を手に入れる」という、後戻りできない領域に踏み込んでいるのです。

誰がそのツケを払うのか?

そのしわ寄せは、確実に「国内の誰か」に行きます。

この「国家のギャンブル」の軍資金は、誰が出すのでしょうか? 魔法の杖はありません。

銀行(逆ザヤの負担)

政府は低コストで資金調達するため、銀行に国債を買わせています。しかし、その金利差は銀行にとって重荷です。

  • ベトナム10年国債: 利回り 約2.7%
  • 銀行の調達コスト: 約4.8%

ご覧の通り、銀行は「4.8%で集めたお金」で「2.7%しか儲からない国債」を買わされている「逆ザヤ」の状態です。

銀行株が好決算の割に株価が重い理由の1つと考えられます。

利益の一部を、国のインフラ投資に強制的に回されているのです。

② 小規模事業者(デジタル徴税)

減った税収を埋めるため、政府は「取りっぱぐれのない徴税」に本気です。

  • Eコマース・個人: ShopeeやTikTokで売る個人の銀行口座を監視し、課税を強化。
  • 飲食店・小売: 「レジ直結・電子インボイス」を義務化し、現金商売の売上をガラス張りに。

「1円たりとも逃さない」という執念で、これまで見逃されていた層からも徴収が進んでいます。

③ 巨大財閥(戦略的バーター)

そして、最も興味深いのがここです。

政府は資金力のあるVingroup、Sun Group、Sovicoなどの巨大財閥に、インフラ建設を「社会化(民活)」として肩代わりさせる代わりに、「インセンティブ(開発権)」を与えています。

首相に提案する巨大財閥の幹部

政府には現金がありません。だから「現物(権利)」で支払うのです。

  • Sun Group(観光・不動産): 赤字必至の「バンドン国際空港」や地方空港を建設。 その周辺の「観光開発独占権」や、一等地の「土地使用権」を格安で手に入れる。
  • Vingroup: 公共交通「VinBus」や社会住宅を負担する代わりに、超巨大都市開発の「許認可」をスムーズに降ろしてもらう。
  • Sovico(ベトジェット・銀行): 航空インフラへの投資。 グループ内のHD Bankを通じた金融優遇や、航空路線の優先権。

これは単なる不公平な優遇ではなく、「金のない国がインフラを作るための、苦肉の策であり知恵」とも言えます。

国はインフラを手に入れ、企業は将来の権益を手に入れる。

この「持ちつ持たれつの関係」が、ベトナムの急成長を裏で支えているともいえます。

【まとめ】この「無理」が投資家の利益になる

現状を整理しましょう。 ベトナムで起きているのは、単なる公共投資ではありません。

  1. 国家の危機: インフラ不足と「人口の壁(残り10年)」で後がない。
  2. 国家の賭け: 借金枠を使い潰してでも、インフラを完成させる。
  3. 企業の気迫: そして巨大企業たちも、ただの受け身ではありません。「リスクを取ってインフラを作る代わりに、莫大な利権(土地・開発権)をもぎ取ってやろう」と虎視眈々と狙っています。

この「なりふり構わない政府」と「商魂たくましい巨大企業」がガッチリ手を組んだ時、そこには想像を超えるマネーの奔流が生まれます。

政府が放出した巨額のマネーと権益は、決して蒸発するわけではなく、必ず「具体的なプロジェクト(橋、道路、空港)」に姿を変えます。

では、彼らはこの「国家の賭け」で「何」を作ろうとしているのか? その「買い物リスト」を見ると、ベトナムが目指す国の形がくっきりと浮かび上がってきます。

次回は、政府が公表している膨大な「国家プロジェクト一覧」を整理し、どこで、どんな巨大工事が動いているのか、地図を見ながら紐解いていきましょう。

(次回予告) 【第3回】「国家改造プロジェクト」。巨額マネーが投下されるインフラ計画の全貌

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