ベトナム株投資家の皆様、こんにちは!
【第2回】ベトナムが赤字財政でも巨額インフラ投資に走る「国家の賭け」では、ベトナム政府が「財政赤字」と「借金」というリスクを背負ってでも、成長へのアクセルを踏んだことをお伝えしました。
では、その巨額マネーは「これから5年(2026-2030年)」で、具体的に何に使われるのでしょうか?
そして、どこのエリアに向かうのでしょうか?
結論から言うと、2026年から始まる「異次元の公共投資」は、全国一律ではなく、あるエリアへ集中豪雨となります。
ベトナムが描く「3つの国家ビジョン」
この「異次元の公共投資」の裏には、2045年先進国入りするための明確な「国家ビジョン」があります。
その目的は、ベトナムを「単なる組み立て工場」から「アジア経済の心臓部」へと進化させることです。

① 【物流】シンガポールを「中抜き」する(空と海) シンガポールやタイを経由せず、ベトナムから欧米へ「直行便」を飛ばします。 「「世界への配送センター」の機能を持つことで、利益率と効率を劇的に高めます。
② 【供給網】中国と世界を繋ぐ「結節点」(陸) 高速鉄道・道路で中国と直結し、ベトナムで加工して、即座に世界へ出す。 単なる「中国の代わり(China Plus One)」ではなく、「中国と世界を繋ぐ最強のゲートウェイ」になる計画です。
③ 【新産業】「製造大国」から「デジタル・AIハブ」へ(電力) 政府はPDP8に基づき、再エネと送電網を強化することで、消費電力が膨大な「巨大データセンター」や「半導体産業」を呼び込み先端技術の集積を進める計画です。

生産拠点との地位は固めてきましたが、輸出に関してはまだ自立できていません。
2026年から動く「30兆円」の使い道
ベトナム政府の次期公共投資計画において、インフラ整備にかける熱量はGDP比で見ても世界トップクラスです。
これまで見てきたように、2045年先進国入りするためには、何が何でもやり遂げる気迫を感じます。
まずは、政府が5年間で計画している「国家改造」の全体像と規模をご覧ください。
※通貨レート:1ドル=150円で換算
| 投資対象 | 事業規模 | 投資の目的 |
| ① 高速鉄道 (南北高速鉄道) | 約670億ドル (約10.0兆円) | 【史上最大】 国を縦に貫く「背骨」を作る。ベトナム建国以来最大のプロジェクト。 (※ハノイ-HCM間、2027年着工予定) |
| ② 電力インフラ (PDP8:電源・送電) | 約675億ドル (約10.1兆円) | 【生命線】 FDI(外資工場)を誘致するための「絶対に止まらない電気」の確保。 (※2030年までの総投資額1350億ドルの半期分として試算) |
| ③ 高速道路 (3,000km→5,000km) | 約300億ドル (約4.5兆円) | 【物流革命】 全国の工業団地と港を直結し、物流コストを引き下げる。 |
| ④ 空港 (ロンタイン国際空港等) | 約200億ドル (約3.0兆円) | 【空のハブ化】 ロンタント新空港(総額160億ドル)だけで国家予算級。 タイのスワンナプーム空港を超えるハブを目指す。 |
| ⑤ 港湾 (カイメップ・ラックフェン等) | 約125億ドル (約1.9兆円) | 【海のハブ化】 2030年までのマスタープランに基づく。 大型船の「欧米直行便」を増やし、シンガポールへの依存を脱却。 |
これらを合計すると、今後動くインフラマネーは約2,000億ドル(約30兆円)に迫ります。
ベトナムのGDP(約4,300億ドル)と比較すれば、「国力の約半分に相当する額」をインフラに突っ込む計算になります。
まさに、国中がひっくり返るような工事ラッシュが始まります。
なぜ今、マネーは一部の地域に集中するのか?
実は、この大きなビジョンと計画は、実は15年前に提唱されていました。
2006年から2016年まで首相として勤めたズン氏(グエン・タイ・ズン)です。
彼は、ベトナム国民の生活を安定させ、経済発展にも寄与したベトナムの偉大な政治家です。
副首相時代には、
- ベトナムのWTO再加盟
- ホーチミン証券取引所の開設
- 米越通商協定(BTA)の発効
などの、ベトナムの世界的な地位を確立しました。

ベトナム戦争にも12歳で兵士として参加

南部出身ということもあり、ホーチミン市や南部の発展に力を尽くしました。
ズン時代の構想と挫折
2006年に首相になったズン氏は、今課題になっている「物流」「交通インフラ」「電力」に対して、大きなビジョンを掲げていました。しかしながら、当時のベトナムでは権力闘争もあり、受け入れられず、頓挫してしまいました。

ズン首相時代の政策
- 2006年: 首相就任(1期目)、イケイケの経済拡大路線が開始。
- 2009年11月: ズン政権の肝いりで「ニントゥアン原子力発電所(第1・第2)」の投資方針を正式承認
- ロシア(第1原発)および日本(第2原発)との協力協定に署名
- 2010年1月: 南北高速道路網のマスタープラン(決定140号)を策定
- 2010年6月: 南北高速鉄道(新幹線方式)を提案、国会で否決
- ベトナム共産党で政府案が否決されるのは異例中の異例
- 2011年: 首相再任(2期目)、経済悪化(インフレ率20%)、国営企業の放漫経営で批判が高まる。
- 2012年: 党中央委員会での自己批判、チョン書記長が処分を画策
- 2016年1月:【失脚】 第12回共産党大会、書記長の座を狙うも、チョン氏との政争に敗れ引退確定
- 2016年4月: 正式に首相退任
- 2016年11月:【退任後】 国会が「原子力発電所計画」の白紙撤回を決定。
- 新指導部が「安全と財政」を理由に葬り去った(=ズン路線の全否定)
チョン書記長の政策(ズン路線の全否定)
ズン首相が退任した後、実権を握ったチョン書記長が掲げたのは、ズン元首相の「拡大路線」からの決別と、「規律と安定」への回帰です。
ズン元首相が進めていた「拡大路線(高速鉄道・原発・メガインフラ)」は、すべて「負の遺産」として凍結されました。
また、権力基盤であった南部経済圏は、「資金源と影響力を弱体化させる」という戦略の標的となりました。

中央政府は南部の財布の紐を極限まで締め上げ、その資金を意図的に「北部」へ集中させました。
実際に、ホーチミン市の「予算留保率(自分たちが稼いだ税収を自分の財布に残せる割合)」は18%であり、稼いだお金の8割は北部や他の地域に使われていました。
さらに、南部を狙い撃ちにした「汚職撲滅運動」は、官僚たちを萎縮させ、許認可業務をストップさせる要因ともなりました。

ホーチミン地下鉄が一向に進まなかったのもこの要因ですかね。
しかし、この冷徹にも見える北への集中投資には、「国家戦略としての正しさ」があったことも事実です。
サムスンなどの巨大企業を誘致するために、中国国境に近いハノイ周辺のインフラを優先的に整備した結果、北部は世界的なハイテク製造拠点として自立しました。
これは、「政治のハノイ、経済のホーチミン」と呼ばれたかつての歪な構造からの脱却であり、南北格差の是正(国のエンジンの複線化)に成功したとも言えます。
そして「亡霊」が蘇る
チョン氏が亡くなり、新政権となった今、政府は「全国的なインフラの限界」という冷酷な現実に直面しています。
- 原発を止めたツケで、北部で深刻な電力不足が発生。
- 高速鉄道を否決したことで、物流コストが高止まり。
- さらに致命的なのが、経済の心臓部(GDPの45%)である「ホーチミンと周辺工業地帯」の機能不全。長年の投資抑制で道路が詰まり、製品を港へ運ぶことすら困難になってしまったのです。
人物としての彼は2016年に去りましたが、その「国家改造ビジョン」だけが10年遅れで正しさを証明される結果となりました。

数多くの政治家が逮捕・失脚した中、ズン氏は逮捕もされることもなく、全くの潔白であったそうです。
ベトナム経済の中心は再び南部へ「新ホーチミン市」の衝撃
空白の10年を経て、ベトナム経済の中心は再び南部へ戻ってきます。

2025年7月1日、ベトナムは歴史的な「行政大再編(63省→34省)」を断行しました。
そのなかでも象徴的だったのが、
ホーチミン市が近隣の「ビンズオン省」「バリア=ブンタウ省」等を実質的に飲み込む形で合併し、名実ともに「メガシティ(人口1,500万人超)」へと進化したことです。
かつては各省がバラバラに工場や港を誘致していましたが、これからは「新・ホーチミン市」として全体最適化されます。
- ホーチミン市: 金融・ハイテク・学術を担う「頭脳」
- ビンズン省: 巨大工業団地が集積する「生産拠点」
- バリア=ブンタウ省: 深海港で世界と繋がる「出口」
- ドンナイ省:巨大な空港「空の窓口」、新ホーチミン市と3号線で結ぶ ※ホーチミン市には合併されていません
この巨大なサプライチェーンが、一人の市長(と背後にいる党)の号令で動くという街が出来上がりました。
チン首相の強烈なリーダーシップと、ズン氏の想いを引き継ぐ者
最後に、この巨大プロジェクトを完遂させる「人」に焦点を当てます。
「計画は立派だが、本当に作れるのか?」
その懸念を払拭するのが、現在のベトナムを動かす2人のキーマンです。
① 「実行の鬼」ファム・ミン・チン首相

2021年4月に就任したチン首相は、元公安中将でありながら、かつて北部のクアンニン省を「ベトナムNo.1の経済都市」に変えた伝説の実務家です。
彼は当時、ベトナムで初めて「民間の金で空港と高速道路を作る」という離れ業をやってのけました。
その彼が今、首相として同じことを国全体でやっています。
彼は会議室にいるよりも、週末はヘルメットを被り、工事現場で施工業者に発破をかけて回っています。
このブルドーザーのような突破力がある限り、30兆円プロジェクトは絵に描いた餅では終わらないはずです。

優しい顔されてますが、現場では厳しく指導するとの噂も
② ズン氏の想いを引き継ぐ者
そしてもう一人。
インフラ建設の許認可権を握る建設大臣の座にいるのが、グエン・タン・ニ氏です。
彼は、あのズン元首相の長男です。
父(ズン氏)は、ベトナムの発展を夢見ながらも、志半ばで政界を去りました。
それから10年。今、その息子が建設大臣として、父が描いた設計図を現実のものにしようとしています。

異例の若さでの建設大臣就任だったそうです。
ズン氏は健在で、南部では未だ大きな力を持っているという噂も

娘さんは、VietCapitalの創立者の1人です。
株価に影響あるかな?!
【まとめ】ベトナムは次のステージへ
今回の公共投資がどこに投じられるかを見て、ベトナムという国家が今、大きな一つのサイクルを終え、次のステージへ向かおうとしている姿が見えてきました。
そして、新・ホーチミン都市圏という巨大な経済圏が現れ、ここに理想の都市像を作ろうとしています。
ベトナム政府が目指す2045年先進国入りという大きな目標がかかっていることも、このエリアの成長にかかっているといっても過言ではありません。
次回は、新ホーチミン都市圏の都市計画を考察しつつ、その果実を享受する「具体的なプレイヤー(企業)」を検討していきたいと思います。
(次回予告) 【第4回】インフラ投資の「勝ち組」は誰だ?行政合併で爆上がりする「企業」


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